2012年2月27日月曜日

ヨーロッパの宗教改革

ルターに始まるヨーロッパの宗教改革は、ヨーロッパ中を地の海に投げ込んだ。その対立は、単なる政治的な対立ではなく、真の宗教対立であったように思える。

かつては、野蛮人の住む地であったヨーロッパは、およそ1000年の後には、生活や習慣も含めて、すっかりとキリスト教に染まっていたのだ。

ローマ法王の支配する統一ヨーロッパ

10世紀から宗教改革の時代まで、ヨーロッパはローマ法王の権力の元に統一されていた。

ラテン文化、ゲルマン文化が基層となり、ヨーロッパ文化が成立した。

ヨーロッパ各国には、皇帝や権力者がいたが、法王の王が権威が高かった。

十字軍はその権力の象徴する出来事だった。

ヨーロッパは一つであるという発想、今のEUにもつながる思想は、この時代に形成された。

イスラム社会とヨーロッパ社会の違い

ランケによれば、イスラム社会に置いては、宗教と政治は一体である。イスラム教徒でないものは政治的に指導者になれない。よって、イスラム国家に置ける異教徒は常に部外者である。

一方、ヨーロッパにおいては、宗教と政治は分かれている。政治は教会とは別に国家を統合しようとして、キリスト教徒でなくても、国民化しようとする。

ローマ帝国のパラドクス

ヨーロッパのオリジナルとも目される古代ローマ帝国。しかし、ローマ帝国を代表する業績、ローマ法大全の完成、キリスト教の国教化は、コンスタンティヌス、ユスティニアヌスの帝時に実施されたが、彼らは、東方的なビザンチン帝国の祖でもある。

ランケの歴史哲学

ランケの世界史概観より

ヘーゲルのような、歴史をある意識の進化のようなある一定の視点で見る見方は間違いだ。

周辺民族は、”周辺”ではない。

個々の歴史的事実は、それだけも研究される価値がある。しかし、そうした個々の事実は、単独では存在していない。何らかの関連を持っている。それらの関連を提示するのが、世界史だ。

人間の歴史は進歩するだけではない。退歩もある。ようは、その時代の人間の営みに注目するべきだ。